『証券処理調整協議会資料』企業別編史料について

 

東京大学経済学部教授

武田晴人

 証券処理調整協議会資料・企業別資料編は、同協議会資料を構成する2つの資料群のうち、既刊の協議会資料編に続き公開されるもので、同協議会が「証券処理」の対象とした企業に関する企業別のファイルを整理し、マイクロフィルム化したものである。

 証券処理調整協議会は、第二次世界大戦後のいわゆる「戦後改革」の主要な課題の一つとなった経済民主化政策の中で追求された、財閥解体、閉鎖機関整理、証券民主化などに対応して設置された機関であった。委員会は、大蔵省国有財産局長、持株会社整理委員会委員長、閉鎖機関整理委員会委員長、日本銀行理事、商工省産業復興局長にGHQのオブザーバー2名を加えて構成され、1947年6月から4年間に2億3300万株の処分に当たった。これらの協議会活動の概要については、『昭和財政史 終戦から講話まで 14 保険・証券』などに明らかにされている。本資料は、この大量の株式処分を担った協議会が、その業務の必要に応じて収拾した調査資料からなっている。

 さて、「企業別資料編」では、会社名を付してファィルされている資料−−市販の紙製のファイリング用紙(A4版に準拠フラットファイル、二つ穴)で綴じているものが一般的な形状−−を企業名順に配列している。原資料には部分的に業務の都合から付されたと考えられる分類のためのアルファベット記号などが見出されるが、すべてのファイルにそうした分類が残されているわけではなかった。また、収納されていた約五〇箱の箱毎の配列も、おおむね企業名のABC順に配列していたと推測されるものの、繰り返された資料の移動などで意味を失っているものと考えられた。そのため、企業名の五十音順に整理するという措置をとり、個々の資料の利用上の検索の便宜を優先することとした。なお、配列の原則については凡例を参照されたい。
 個別のファイルは原則として1企業1ファイルであるが、資料の嵩によっては複数のファイルに分割されている企業も少なくない。他方で、誤って紛れ込んだ他企業の資料も散見されたが、これらについては分割して独立させるなどの便宜の措置をとった。配列もふくめてこれらの整理の方針は、本資料を一点ごとの企業情報の集積と見なすという視点から整理することを原則としたことによるものである。

 個別のファイルは、証券処理調整協議会が売却等による株式処分を求められた企業に関する基本的な情報が収められ、売却価格の適正な算定のためなどに必要な情報として集められたものと考えられる。これらの資料を利用してどのような価格の決定が行われ、落札などによる購入者がどのように決められているかについては、本資料の姉妹編となる協議会資料編の諸氏料からかいま見ることができる。
 収録されている基本情報は、各企業から提出された営業報告書や会社概要などとともに、協議会の様式に従った調査票への記入の形式をとって集められたものである。これらの様式にはいくつか調査項目の差異を含むものがある。そこで、その代表的なものを紹介しながら、どのような項目についての調査が行われているかを明らかにしておこう。
 まず、「会社調査票」と題する(一)から(四)の4枚の調査票では、
  1.会社の商号(又は名称) 社名変更するものは旧社名を併記
  2.特経会社、制限会社、指定会社、従属会社、関係会社の別 該当する項目に○印
  3.本社の所在地、電話番号
  4.設立年月日
  5.支店事務所工場等の所在地及び東京又は大阪の連絡場所、電話番号
  6.決算期
  7.定時総会期
  8.決算期に於ける名義書換停止期間
  9.株式名義書換取扱場所
 10.株券に関する手数料(名義書換分割、新券交付等)
 11.会社の営業種目(戦前期、戦時期、戦後)
 12.資本金(公称、払込済額)
 13.最近五ヵ年の配当率
 14.株式の種類及び数量(種類、額面金額、払込済額、株式数、額面及び払込済総額)
 15.株券の券面額の種類及び数量(一株券、五株券・・・・)
 16.株主数
 17.株主についての特典(乗車券、入場券等)
 18.株式についての制限及びその内容(議決権の制限、譲渡の制限、所有の制限等)
 19.役員(相談役・顧問を含む、その職名、氏名、所有株式数、他業の兼任等)
 20.従業員数(職員・工員・その他の種別及びそれぞれの男女別数)
 21.従業員所有株式数
 22.関係会社資本参加状況(社名、所在地、主たる事業、資本金、払込済資本金、総株数、資本参加株数、配当率)
 23.主たる取引金融機関、店名
 24.社債(発行年月日、発行回次、発行額、未償還額、利率、発行価額、利払い期、据置期間、償還期限)
 25.沿革(昭和15年以後、主体の変動に関する事項<合併、分離、商号変更>、資本の変動に関する事項、事業の変動に関する事項)
 26.固定資産の設備概要(工場・営業所名、創設年月日、所在地、生産能力、最近一ヶ月の生産数量、最近一ヶ月の生産金額、従業員数)
 27.特許権、実用新案権、鉱業権等があればその内容
 28.賠償指定資産の有無及びその内容
 29.大株主表(20名以上を大株主順に記載、持株数、府県別、氏名)
 30.府県別株式分布状況(府県名、株主数、株式数)
 31.株主所有株数別分布状況(株主数、株式数)

 以上の31項目が、(一)に1-14、(二)15-23、(三)24-28、(四)29-31に分けて記入されることになっている。また、この調査票に添付して、当該企業は@最近の定款、A最新の株主名簿、B最近の考課状および最近3ヶ年分の収支計算書(貸借対照表、損益計算書、利益金処分等)を提出することとされている。

 比較的早い時期に使われていたと考えられるこの様式に対して、少し後には「会社概要書」と題する様式もあり、これには調査項目が異なるものがある。簡略な調査票となっている、「会社概要書」(一)(二)の2枚の様式は、上記の調査票のうち、7.定時総会期、8.決算期に於ける名義書換停止期間、9.株式名義書換取扱場所、13.最近五ヵ年の配当率、15.株券の券面額の種類及び数量、22.関係会社資本参加状況、23.主たる取引金融機関、24.社債、26.固定資産の設備概要、27.特許権等、28.賠償指定資産、30.府県別株式分布状況、31.株主所有株数別分布状況に関する項目がなく、20.従業員数も総数のみの記載となっている。また、定款、株主名簿、収支計算書の添付も注記されていない。

 これに対して、同名の「会社概要書」には、(一)から(三)の3枚の様式からなる調査票もあり、この調査票では、以下の各号の記入が求められている。
  1.会社名、設立年月日
  2.特別経理会社、制限会社、集中排除指定会社の別 該当する項目に○印
  3.本社の所在地、電話番号
  4.東京又は大阪の連絡場所、電話番号
  5.決算期
  6.会社の現在の営業種目
  7.株券に関する手数料(名義書換分割、新券交付等)
  8.資本金(公称、払込済額)
  9.株式の種類及び数量(種類、額面金額、払込済額、株式数、地元の取引実例価格)
 10.株主数
 11.株主についての特典(乗車券、入場券等)
 12.株式についての制限及びその内容(議決権の制限、譲渡の制限、所有の制限等)
 13.役員(相談役・顧問を含む、役名、氏名、持株数)
 14.従業員数(総数及び男女別数)
 15.特殊株主及び大株主数(持株数、住所、氏名)
 16.最近に於ける主要変動事項(主体の変動に関する事項<合併、分離、商号変更>、資本の変動に関する事項<増資、払込徴集>、制限会社・集中排除会社・特別経理会社関係措置の進行状況<認可、指令の受領、実行完了等>、事業の変動に関する事項<事業所の新設廃止、新製品開始等>)
 17.最近に於ける事業場概況(名称、所在地、製品名、生産能力、生産金額、生産数量、操業率、従業員数、備考)
 18.最近に於ける月別生産高及び販売高表(年月、自社製品又は他社製品の別、生産高、売上高、備考)

 見られるように調査項目は18項目とかなり減っており、同種の調査項目でも内容に異同がある。このうち、1-15までが(一)に、16-17が(二)となっており、調査の中心項目が直近の経営状態に重点を置くようになっていることが明らかとなる。つまり、一連の様式の変化には、初期のものには戦時期を中心とした過去の経営実績や敗戦後の資産状態に対する関心が強く、あとになれば、生産復興にあわせて再開されつつある企業活動の実態(事業所の稼働実態、生産量や売上高など)に関する関心が強まっているという特徴があるように思われる。いずれにしても、株式売却価格の決定に関わって、こうした調査が行われていたのである。

 これらの資料がわれわれに明らかにしているのは、敗戦直後からの数年間に有力企業約2000社がどのような経営状態にあったかという基本的な情報である。この資料と、別にマイクロフィルムで公開されている『工鉱業関係会社報告書』とあわせると、戦時から戦後復興期にかけての企業情報の欠落が大きく埋め合わされることになる。『鉱工業関係会社報告書』が1945年10月という敗戦直後の時期の調査であるため、戦時期に関わる情報に厚みがあったが、この『証券処理協議会資料 企業別資料編』は戦時期の情報だけでなく、上記「会社概要書」に記載されている1940年代後半の生産数量、能力などの経営状態を知る手掛かりとなるものであり、証券取引法に基づく有価証券報告書が公開されるまでの企業資料の谷間を埋めるものといってよい。しかも、様式化された調査項目の記述だけでなく、本資料に各企業がこれに添付して提出した決算関係の資料や、株式等の発行目論見書、営業報告書なども含まれている。これらの資料が活用されれば、戦時から戦後復興期の企業史の実証研究水準はかなり高まることが期待できる。

 また、証券処理の対象企業が比較的規模の大きい企業であることを考慮すれば、本資料が持つ企業資料としての価値の高さはおおかたの賛同を得ることのできるものであろう。時代を反映して、これらの企業には機械工業や金属工業などの分野で戦時期に活動していた企業が多いという産業分布状の特徴があるが、同時に、前述の『鉱工業関係会社報告書』が、そうした分野の製造工業・鉱山業部門の企業に対象を限定していた調査資料であったのに対して、本資料では商業部門などの非製造業企業をも含んでいる点に特色があり、そうした意味でもこの資料が戦時から戦後復興期の企業資料として有用性が高いと言うことができる。

 なお、協議会資料編と同様に、原資料の痛みが激しいためにごく少数撮影不能の資料もあったが、それらも含めて、原資料の保存を優先するために、東京大学経済学部では、原資料の公開を見合わせることにしているので、ご了解いただきたい。

 末尾になるが、本資料の収集から整理にわたり、極めて多くの方々の協力を頂いている。いちいちお名前を記すことは控えるが、資料の第一次的な整理に活躍した東京大学大学院経済学研究科の院生たちと、雄松堂アーカイブ株式会社の協力なくしては、この貴重な資料の公開が実現できなかったであろうことを思うと、お礼の気持ちを表すべき適切な言葉が見出せないほどである。今は、そうした人たちとともに、ようやく公開にこぎ着けられたことを喜びたいと思う。広く研究資料として活用されることを願ってやまない。
(2006年12月10日記)